
瀬戸内海に浮かぶ、太陽の光が降り注ぐ島。ここに「燦燦(さんさん)農園」がある。二人が育てるキウイフルーツや柑橘の木々は、農薬も肥料も使わず、自然のままの力で生き生きと輝いている。「今日の土は、なんだか嬉しそうだね」洋一が微笑むと、夕子も頷いた。

夏休み、自由研究のために都会からやってきた中学生の健太は、その光景に首をかしげた。「教科書で習った近代農業と全然違う…。肥料も農薬もなしで、どうしてこんなに立派な実がなるんですか?非効率的じゃないですか?」鋭い質問が、穏やかな農園に響いた。

洋一はにっこり笑って、足元の土をすくい上げた。「健太くん、いい質問だね。答えは、この土の中にあるんだ。ここには、一握りの土の中に、地球の人口よりも多い数の微生物が生きている。彼らこそが、最高のシェフであり、最高のドクターなんだよ。

「微生物たちは、枯れ葉や草を分解して、植物が必要とする栄養素に変えてくれる。例えば、空気中の窒素を植物が使える形に変える『窒素固定』という魔法も使えるんだ。化学肥料は、いわばインスタント食品。彼らが作るのは、栄養満点のフルコースなんだよ。」

「それに、この足元の草たちもね」今度は夕子が、優しく草を撫でながら言った。「多くの人には『雑草』と呼ばれるけど、私たちにとっては大切な仲間。彼らが地面を覆うことで、土の水分が蒸発するのを防ぎ、真夏の地温上昇を和らげてくれる天然のマルチになっているの。」

「それだけじゃないわ。草の種類によっては、根を深く張って、土の奥深くにあるミネラルを地表近くまで運んできてくれるの。まるで、土の中のエレベーターみたいでしょう?多様な草が生えることで、土の中の生態系も豊かになるのよ。」

「でも、害虫はどうするんですか?」健太が尋ねると、洋一が葉っぱの裏を指さした。「もちろん、葉を食べる虫もいる。でも、その虫を食べるテントウムシやカマキリのような『益虫』もたくさんいるんだ。農薬は、害虫も益虫も区別なく殺してしまう。僕らは、この小さな警察官たちにパトロールをお願いしているんだよ。」

夕子が付け加えた。「植物自身も、過保護に育てられるより、少し厳しい環境の方が強くなるの。自分の力で深く根を伸ばして水や栄養を探し、病気や虫から身を守るための物質(フィトケミカル)を作り出す。その力こそが、果物の味に深みと豊かな香りを与えてくれるのよ。」

「土の微生物、草、虫、そして太陽と雨…。この農園は、たくさんの命のネットワークで成り立っているんだ。僕らはその指揮者みたいなものかな。それぞれの音が一番美しく響くように、少しだけ手助けをするだけさ。」洋一は、誇らしげに農園を見渡した。

健太はノートにペンを走らせた。「なるほど…。効率だけを求める農業とは違う、持続可能な関係性…。僕の自由研究のテーマ、決まりました。『自然のネットワークに学ぶ、未来の農業』です!」夕日を浴びて輝く健太の瞳を見て、洋一と夕子は、この島の未来も明るいと確信した。